岩屋寺2021

  岩屋寺は、715年行基により、聖観音の開眼供養が行われたのが始まりです。1951年に天台宗から独立して尾張高野山宗となり、尾張高野山総本山の名刹です。行基菩薩、弘法大師、親鸞聖人など名だたる名僧が作り上げました。19世紀に尾張徳川家の祈願所となったため、本堂には三つ葉葵の紋章がかかっています。 


<奥之院>

814年に知多半島に上陸した弘法大師は、ここ岩屋の地で百日間の護摩修法を行いました。岩屋寺では今もこの場所で毎月17日に護摩法要を行っています。
    
 
三重塔   
   
 
  奥之院入口です。
 
奥之院は森の中にあります。ひんやりした薄暗い森の緑の中に突然鮮やかな朱色の三重塔が現れました。  
   
奥之院本堂内部 
本堂の中に岩壁があり,岩が彫られたところに仏像があります。岩屋寺の名前通りと納得させられる本堂です。
    
奥之院本堂内部岩壁の仏像 
   
 
  貼り弘法像 
弘法大師は奥之院を開創し、百日の護摩を修行し、自身の像を岩窟の中に納めました。「もし我を信じる者あらば、病気災難など身代わりに立ちつかわさん」との誓いがあったといいます。 奥之院が身代大師とあがめられる所以です。 
  
 
奥の院は静かな趣のある森の中にあります。  二十五菩薩
   
 
女人堂 

<大師ヶ岳親大師>

大師ケ岳は標高73mで、麓の岩屋寺から登ったところにあり、山頂に大師像が建っています。参道に八十八体の石仏が並ぶ信仰の山です。 
    
 
大師ヶ岳山道への入口の階段です。右に五百羅漢像が並んでいました。1820年に住職であった豪潮律師によって開眼されました。 山道には1番から88番まで札がありました。この裏山一帯に88の弘法大師像と多くの石仏が祀られています。
 
一体一体個性のある石像を眺めながら大師ヶ岳山道を登っていきました。途中、木立の間から向かいの山と街並みが見えました。 
 
三鈷の松 
 
弘法大師立像  知多四国お遍路巡りランの人たちが来ていました。  
弘法大師立像は、1955年に当時の住職、尾張高野山宗開祖豪鉄大僧正が八十八ヶ所石像と共に開眼しました。
 
標高73mの大師ヶ岳頂上から伊勢湾と鈴鹿山脈が見えました。 
 
ほほえみ化粧地蔵  山の麓から見た弘法大師立像 
弘法大師立像の前の地蔵堂に、ほほえみ化粧地蔵がありました。「心も体もいつも健康で、笑顔で過ごせるようお守りくださるお地蔵様で、お地蔵様にお化粧をしてさしあげると美人になるというご利益があります。」と説明が書かれていました。 

<境内>

 
本堂 
 
  阿弥陀堂 
本堂には先手観世音菩薩が祀られています。阿弥陀堂は、親鸞上人が、訪れたときに阿弥陀如来を納めたと伝えられています。
    
 
左から笠森稲荷社、一切経蔵、五百羅漢  笠森稲荷社 
   
薬師堂  お砂ふみ巡道  霊宝館 


<中之院>

中之院には、たぬき寺ともいわれていますが、軍人像がたくさんあります。昭和12年上海上陸作戦でほぼ全滅となってしまった軍人たちの遺族らが故人を偲び、写真から本人に似せた像をつくらせたものです。もともとは名古屋市千種区に安置されていたものが、平成7年11月に中之院に移されたとのことです。 

   

(2021.9.19撮影)
HOME

岩屋寺2019へ