プーシーの丘
プーシーの丘はルアンパバーンで最も有名な観光スポットのひとつです。高さは約150メートルにも関わらず、周りに視界を遮る建物などがないためルアンパバーンの街並みを一望できます。特に朝日や夕陽の時間は観光客で溢れる大人気スポットです。
| 展望台に行くには山道にある階段を進んでいきます。 国立博物館前の入口から登っていきます。頂上までは328段の階段があり、約20分かかります。 |
| ルーシーの丘を登ると、ルアンパバーンの街並みがよく見えます。ナムカーン川方面には世界遺産のルアンパバーンの街並みが広がっています。 |
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| 山頂の仏塔 | 仏塔の中の仏像 |
| 山頂には1804年に建立された黄金の仏塔タート・チョムシーがあります。高さ約24メートルのこの仏塔は、ルアンパバーンの街のどこからでも見ることができ、街のランドマークとなっています。仏塔の中には黄金の仏像が祀られています。仏塔の周りにも小さな祠や仏像が点在し、地元の人々の信仰の場となっています。 |
| プーシーの丘の最大の見どころは、何と言っても山頂からの絶景です。山頂からは、町並み・メコン川・ナムカーン川の合流が一望できます。夕暮れ時は特に人気で、黄金色に染まる街と川の景色は必見です。多くの人が夕陽を見ようと訪れ、山頂はごった返していました。 |
| 太陽が沈んでくるにつれて観光客の数はどんどん増えてきています。夕陽を撮影しようと場所取りが大変です。メコン川の方を見ると空の色が少しずつ変わってきています。夕日に照らされて輝くメコン川と、徐々に白やんでいく山々は神々しい景色です。 |
| ルアンパバーンのサンセットは幻想的な景色を見る事ができます。夕暮れ時には、沈みゆく太陽が街を金色に染め上げる様子は圧巻です。 |
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| 下山して入口に戻りました。入口の階段を少し上がったところは広場のようになっています。広場から夕陽を眺めました。広場から通りを見てみると、ナイトマーケットのテント、夕陽に照らされた寺院、夕陽の光景が広がっていました。 |
| メコン川の向こうの山に太陽は沈んでいきました。赤く染まった空とメコン川の幻想的な風景が広がりました。 |
| 通りに出るとナイトマーケットが始まっていました。 |
| プーシーの丘の入口は国立博物館の目の前です。プーシーの丘の入口から夕陽に照らされた国立博物館の黄金の祠が見えました。 |
| 国立博物館は旧王宮を使用しています。王宮はラオスとフランスの友好の象徴として、ルアンパバーンがフランスの保護領となるわずか数年前の1904~1909年の間に建てられました。
建物は当初、フランスの美術館のスタイルにラオスの伝統的な建築様式を混ぜてデザインされましたが、シーサワンヴォン王の時代に王座の間のちょうど真上に位置する屋根の上に尖塔を付けるデザインに改良され、現在のラオス式のデザインが完成しました。
残念ながら館内は写真撮影禁止なので、外観のみ写真を撮りました。 |
| 黄金の祠 |
| 黄金の祠にはルアンパバーンの名前の由来になったパバーン仏が鎮座しています。パバーン仏は14世紀にクメール王朝(現カンボジア)からラオ人最初の統一国家であるランサーン王国の初代王であるファーグム王に贈られた純金製の仏像です。 |
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| 黄金の祠入り口 | 王族のガレージ |
| 博物館の裏手にあるガレージには、王族が使用していたクラシックカーが展示されています。これらの歴史的な車両は、20世紀半ばのラオス王室の近代化と国際的な影響を物語る興味深い展示物となっています。 |
| 敷地内にシーサワンウォン王の銅像があります。1904年にフランスの統治下で国王に即位し、1959年に崩御するまでの在位は50年以上でした。1949年にラオス王国を建国し、立憲君主として、初代国王となりました。 |
| 国立博物館はフランスの統治時代にシーサワンウォン王とその一族のために建てられた宮殿を使用しているため王宮博物館とも呼ばれています。1975年に王制が崩壊した後に博物館として利用されるようになりました。博物館の内部は、かつての王宮の栄光を見事に再現しています。館内には、王族が使用した刀、装飾品、家具、食器などのランサーン王国時代の調度品や、外国からの贈答品が展示されています。 |