鶴岡
鶴岡市は,山形県の日本海沿岸(庄内地方)南部にある人口約13万人の市です。 江戸時代には鶴岡藩(通称 庄内藩)の城下町として盛えた庄内南部の街であり,郊外には庄内米やだだちゃ豆の農地が広がります。
<鶴岡公園>
鶴岡公園は,かつて庄内藩・酒井家歴代藩主の居城として栄えた「鶴ヶ岡城」跡に広がる城址公園です。 |
園内には730本の桜があり,「日本さくら名所百選」にも選ばれています。 | ||
大宝館…大正天皇の即位を記念して建てられたものです。 | ||
荘内神社…鶴ヶ岡城本丸跡に1877年に建てられました。 |
御城稲荷神社…明治維新後,お城取り壊しの際も,稲荷神社だけはそのまま残されました。 | ||
お堀の桜も美しい。 | 致道博物館 |
<致道館>
致道館は,庄内藩の士風の刷新と,優れた人材の育成を目的に,1805年酒井家九代目藩主・忠徳公が創設した藩校です。 |
表御門 | 聖廟 | |
講堂 | ||
天主堂は,赤い塔屋がひときわ目を引く白亜の殿堂で,明治36年に建てられたロマネスク様式教会建築の傑作です。 |
風間家は,庄内藩の御用商人として呉服・太物屋を営み,幕末には鶴岡第一の豪商となりました。明治時代には貸金業に転じ,庄内地方では酒田の本間家に次ぐ大地主に成長しました。丙申堂は,明治29年(1896年)に,風間家7代当主 幸右衛門が,住まいと営業の拠点(店舗)として建てられたもので,広大な板の間や蔵など商家の特徴をよく残しています。この年の干支が丙申の年であったことにちなみ「丙申堂」(へいしんどう)と名づけられました |
杉皮ぶきに約4万個の石が置かれた石置屋根が特徴的です。 |
(2014.4.22撮影)
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