丹後半島

丹後半島は京都府の北に位置する日本海に突き出た半島です。日本海と若狭湾に囲まれ、標高702mの高山を最高峰とする山並みもあり、自然豊かな場所です。丹後半島は海岸線に天橋立を初め丹後松島・夕日ヶ浦など数多くの景勝地があります。国道178号線が半島を一周する形で走っており、風光明媚な海の風景を楽しむことができます。

<夕日ヶ浦>

夕日ヶ浦の名前の由来は、温泉を掘った砂丘地より眺めた夕日がとても絶景でそれにちなんでつけられました。「日本の夕日百選」にも選ばれたという絶景です。
 
 
快晴の昼間の白い砂浜と青い海のコントラストを楽しみました。 夕日の絶景(観光協会の写真より) 

<琴引浜>
琴引浜は、全長1.8kmの砂浜で、鳴砂で知られる白砂青松の景勝地です。粒のそろった汚れのない石英粒の摩擦によって音が出るのです。鳴砂の浜としては、日本最大級の規模をもちます。
 
 
   道の駅で鳴き砂の音のの実演を聞きました。
<間人海岸周辺>
丹後半島の沖合には、日本海の形成過程で生まれた海岸線からわずか15㎞で水深200mに達する急深で起伏に富んだ海底が広がっていて、ズワイガニなどの良い漁場になっています。間人(たいざ)の入り江は岩石が複雑に侵食されてできています。
 
 

<立岩>
立岩は、柱状玄武岩の自然にできた岩で、そそり立っているところから立岩と呼ばれています。垂直に延びた柱状節理が美しく、高さ約20mで周囲1kmに及ぶ巨大な1枚岩です。伝説によれば、麿子親王が、この地で鬼退治をした時、天から降りてきてこの大岩に鬼を封じ込めたといわれています。 
立岩と周囲の白い砂浜とのコントラストが印象的です。 
 
 
垂直に延びた柱状節理がきれいです。   てんきてんき橋
 
 
竹野川河口に巨岩の立岩がそびえ立っています。  間人皇后・聖徳太子母子像 

<大成古墳群>
大成古墳群は、古墳時代後期(6世紀末~7世紀初め)にかけての古墳で、土器や鉄器、装身具が発見されており、この地方を治めていた豪族の墓と思われます。18基の古墳が海岸段丘上に分布しています。周囲に産する柱状節理の発達した安山岩を使用して横穴式石室が作られています。 
 
 
この古墳群に使われている岩は立岩と同じ火山岩です。 
 
 
この辺り一帯は、大昔海中だった海食台が隆起して出来た海岸段丘と呼ばれる高台で、日本海を一望出来る非常に見晴らしの良い場所です。地域を一望出来るこの場所に、死者の霊を祀ったということがわかります。
    
 
大成古墳群から立岩を別の角度から見ることができました。   

<屏風岩>
屏風岩は、海食崖の前面にそびえる奇岩で、その形が屏風を立てた様に見える事から名付けられています。高さ約13メートルの安山岩から成っています。地層中に貫入した板状の岩脈で、沖に向かって同様の小島が続いています。
 
 

<丹後松島周辺>
丹後松島は、宮城県の「松島」に似ていることから名付けられました。丹後松島周辺は、海岸砂丘と海岸段丘の海食地形が美しい海岸です。 約12万年前の海食台が、その後の地殻変動による隆起と海面の低下によって形成された海岸段丘が広がり、島々が連なる素晴らしい景色です。

<経ヶ岬>
経ヶ岬は、丹後半島の先端、近畿地方の最北端に位置します。岬の周囲は、石に柱状に割れ目の入った柱状節理が見られ、波の浸食作用によって断崖絶壁となっています。柱状の割れ目が連なる様子が経巻を立てたように見えることから経ヶ岬の名前が付いたともいわれています。
 
 
断崖絶壁の海抜140メートルの位置に経ヶ岬灯台があります。駐車場横の展望所からは、経ヶ岬灯台は西側にかすかにしか見えません。灯台下の海岸には、灯台の建材を切り出した石切り場の跡が残っています。  
 
 
昔から海の難所であった経ヶ岬に、明治31年に建てられた白亜の灯台です。国内で5基しかない第1等レンズを使用しています。 
   
 
経ヶ岬は、「京都百景」に選ばれた景勝地です。  
   
経ヶ岬灯台へ行くには上り坂の遊歩道を約400m歩いていきます。
   
経ヶ岬近くにサルが木の上や道路脇にたくさんいました。  
(2019.11.6撮影)
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