月ヶ瀬梅渓
奈良市月ヶ瀬にある「月ヶ瀬梅渓」は、関西屈指の梅林として有名で、毎年2月中旬から3月下旬にかけては「梅まつり」が開催されます。 名張川(地元では五月川と呼びます)の渓谷沿いに、約1万3千本の紅白鮮やかな梅の木が広がることから「月ヶ瀬梅渓」と呼ばれています。大正11年に日本政府が最初に指定した名勝のひとつです。
月ヶ瀬梅林入口には、「名勝月瀬梅林」と刻まれた石碑があります。これは、1922年(大正11年)に、政府により、奈良公園・金沢兼六園とともに、史跡名勝第1号の指定を受けた際に建てられた石碑です。 |
月ヶ瀬梅渓入口から坂道を登ると川の展望が開け、一目八景に到着します。一目八景は、月ヶ瀬湖の最上流・尾山地区にある展望台です。見渡す限り一面の梅は「一目八景」と称されています。 |
名張川(五月川)の深い渓谷と梅が織りなす景観が素晴らしく感動的でした。月ヶ瀬梅渓は、名張川をはさんで両岸に梅林が広がり、V字渓谷と梅林とのコラボレーションが見事です。 |
城州白 |
高山ダムが1969年に完成し、名張川(五月川)の渓谷は月ヶ瀬湖に変貌しました。しかし、渓谷が沈んだ後も月ヶ瀬梅渓保勝会や観光協会による梅林の育成が続けられました。今では、月ヶ瀬湖の湖水と育成した梅樹が調和し、新生月ヶ瀬梅林が観光客の目を楽しませています。 |
帆浦梅林は、ポスターやパンフに登場する月ヶ瀬梅渓の代表的な展望絶景ポイントです。渓谷の中に咲く梅を堪能できます。 |
帆浦梅林は、梅渓のメインスポットなので、通り沿いには多くの茶屋や出店が連なっています。あちこちのお店には座敷が設けられていて満開の時期はお酒や食事と共に絶景の花見を楽しめます。月ヶ瀬の渓谷と咲き誇る梅林を眺めながら食事をすることができました。 |
名張川(五月川)をせき止められて造られた人造湖月ヶ瀬湖の湖岸から山腹にかけては、赤や白の約1万本の梅の花が咲き誇ります。 |
月ヶ瀬の梅渓を見下ろせる一番上に茶屋があります。その名の通り「みおろし茶屋」と言います。 |
みおろし茶屋の敷地に展望スペースがあり、客かどうかに関係なく入ることができて梅渓を展望できます。 |
眼下に一面の梅が見渡せ、月ヶ瀬梅渓の絶景を眺めることができました。 |
真福寺は月ヶ瀬梅林発祥の地と言われています。1205年(鎌倉時代)に真福寺境内に天神社をまつり、菅原道真ゆかりの梅の木を植えたのが月ヶ瀬の梅の始まりと伝えられています。また1331年(南北朝時代)、笠置山から逃げてきた後醍醐天皇側近の女官の姫若が村人に助けられたことに感謝し、熟した梅の実で烏梅(うばい)のつくり方を村の人に教え、そのためにたくさん梅の木を植えたのが月ヶ瀬梅林のもととなっているとも伝えられています。 |
鳳凰彫刻の欄間 |
月ヶ瀬梅林公園は、もとは梅の品種園でした。園内に約40種類270本の梅が植えられています。 |
いろいろな品種の梅を見ることができます。それぞれ名札がつけられているため、梅の品種がよくわかります。 |
梅の種類により開花の時期が少しずつ異なるため、訪れるタイミングによってさまざまな梅の花を楽しむことができます。 |
芝生の上にすわって、お弁当を広げながら梅を観賞することができます。 |
改修されたトイレ付の展望台もあり、一面の梅林を上から眺めることができます。 |
天神梅林は月ヶ瀬梅林の中でも一番高台にあり、遅くまで梅の花を楽しむことができます。一面に広がる梅畑の美しさと香りを満喫することができます。 |
天神の森には茶店やお土産物店が点在しています。 |
月ヶ瀬小唄の歌碑 |
八代亜紀の「月ヶ瀬小唄」の歌碑と記念植樹された梅の木がありました。 |
月ヶ瀬梅渓の歴史は古く、鎌倉時代が始まりとされていますが、18世紀(江戸時代後半)に梅の木がたくさん植えられ、烏梅をつくり月ヶ瀬梅林が成立したのではないかと考えられています。月ヶ瀬は、紅花染めに必要な材料である烏梅(うばい)の生産地となり、これにより新たな収入源を得た村人たちは競って梅を植えたため、江戸時代の最盛期には約400軒の家が約10万本の梅を育てていました。 |
稲荷神社 |
烏梅とは梅の実を煙でいぶしたもので、古くから薬や伝統的な紅花染めの媒染剤として珍重されてきました。その当時、京の都で口紅や着物の需要の高まりに、烏梅は米よりも高値で売れていたため各地でこぞって製造されていましたが、化学染料の普及に伴い需要は減少し、現在では烏梅を製造できる職人は全国でも唯一、月ヶ瀬だけとなりました。 |
尾山天神社 |
高山ダムが完成すると約3800本の梅がダムの底に水没することになりました。水没する梅林を補償するため、移植可能な古木を現在の月ヶ瀬尾山天神の森付近や月ヶ瀬嵩三山付近に移植しました。 |