法隆寺

  法隆寺は、飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築です。法隆寺が開かれたのは607年です。法隆寺は聖徳太子の父・用明天皇が、自らの病気平癒のために発願したのが始まりでした。しかし、祈りむなしく用明天皇は崩御し、聖徳太子は父の遺志を継ぎ、推古天皇とともに、法隆寺を完成させました。
 
南大門 
 
日本書紀には、法隆寺は670年に火事のためすべて焼け落ちたとあります。しかし、711年までには再建されていたことが分かっています。その後、兵火や天災にはあわず、太子信仰に守られたこともあって、現存する世界最古の木造建築群として往時の姿を今に伝えています。 
 
中門   南大門から見た中門と五重塔
飛鳥時代を始めとする建築物が軒を連ね、たくさんの宝物類があります。国宝・重要文化財に指定されているものだけでも約190件、点数にして約3000点に及んでいます。

【西院伽藍】

法隆寺は、非常に広い境内をもっていて、東大門を境に西院伽藍と東院伽藍に分かれています。法隆寺の南大門から入って正面が西院伽藍です。西院伽藍には五重塔、金堂をはじめ、世界最古の木造建築が立ち並んでいます。
左から金堂、五重塔、回廊、経蔵、大講堂です。 
 
 
金堂と五重塔  回廊 
金堂、五重塔を中心としてその外周を回廊が取り囲んでいます。法隆寺の金堂・回廊・中門には、「エンタシスの柱」という、柱の真ん中部分を膨らませる工法が使われています。
 
法隆寺金堂は、世界に現存する木造建築の中でも最古にあたる由緒ある仏堂です。金堂の内部には、法隆寺の本尊、薬師如来を中心とする釈迦三尊像が安置されています。 
大講堂 
大講堂は、僧侶たちが研鑽したり、法要を行う施設です。薬師三尊像が安置されています。
 
五重塔  金堂 
法隆寺五重塔は、高さが約32.5mあり、現存する木造建築の五重塔としては世界最古のものです。仏塔は釈迦の遺骨を奉安するためのもので、仏教寺院においては重要な建物です。
   
経蔵  鐘楼  礼拝石 
法隆寺では庭儀用の礼拝石が五重塔と金堂の前庭にあります。当時、僧といえども金堂内に入堂することは許されませんでしたので、金堂の前に設置された「礼拝石」に座って本尊を拝むという法要が「堂」の前庭で行われたため「庭儀」と言いました。 
 
 
聖霊院 
 聖霊院は、聖徳太子像を安置するために、平安末期に東室の南端部を改造したものです。3つの厨子の中央には聖徳太子像が祀られています。

【大宝蔵院】
大宝蔵院は、法隆寺の寺域に並ぶ多数の建物のなかで最も新しくできたもので、1998年に落成しました。かつての大宝蔵殿に代わる施設で、仏像をはじめ厨子や舞楽面などの工芸品を含む寺宝が多数展示されています。大宝蔵院全体は西と東の2つの宝蔵、そして北側の部分にある百済観音堂で構成されています。特に、百済観音像は、細身で九頭身の外形が独特であるだけでなく 、飛鳥時代作の日本における木造仏像彫刻の最古に近い位置を占める貴重な像です。 
 
東室、妻室 
 
  綱封蔵 
東室、妻室は、僧坊として使われていた建物です。綱封蔵は寺宝を保管した蔵です。 

【東院伽藍】

東院伽藍は聖徳太子の居住地であった斑鳩宮跡につくられたもので、中心には、夢殿と呼ばれる八角円堂があります。 夢殿は聖徳太子の供養のために建てられました。
東院四脚門 
東大門  東院伽藍入口 
東大門は、中ノ門ともよばれ、西院と東院の間に建っています。珍しい三棟造りという奈良時代を代表する建物の一つです。 
 
絵殿、舎利殿
 
夢殿  救世観音菩薩立像(ポスター) 
救世観音菩薩立像は聖徳太子(厩戸皇子)の等身像ともいわれ、像高は約180cmです。739年に納められてから秘仏として夢殿に安置されています。頭部から足を乗せる台座まで一木で彫られ、漆などを塗り金箔を押しています。 


<中宮寺
中宮寺は、聖徳太子が母穴穂部間人皇后のために建てた御所跡を寺にしたと伝えられています。創建時以来の尼寺で、大和三門跡寺院の一つにあげられています。
中宮寺本堂 
 
 
中宮寺は飛鳥時代に現在地より約500m東方に創建されました。旧地の発掘調査で四天王寺式伽藍配置であったと判明しました。法隆寺と中宮寺は僧寺・尼寺の関係にあったと考えられます。
 
菩薩半跏像 
飛鳥時代後期の作である中宮寺本尊の菩薩半跏像は、飛鳥時代の彫刻の最高傑作とされ、広隆寺の弥勒菩薩半跏像と日本の二大半跏像として知られます。また、モナリザ、スフィンクスと並ぶ世界三大微笑像の一つです。右足を組み、右手の指を頬に触れようとする半跏思惟の美しい姿は気品が漂っています。 

(2022.1.18撮影)
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