金閣寺

  金閣寺は、正式名称を鹿苑寺(ろくおんじ)といいます。臨済宗相国寺の塔頭寺院のひとつで、創設者である足利義満の法号、鹿苑院殿から名付けられました。舎利殿「金閣」が特に有名なため一般的に金閣寺と呼ばれています。 
金閣寺は、鎌倉時代の公卿、西園寺公経の別荘を室町幕府三代将軍の足利義満が譲り受け、山荘北山殿を造ったのが始まりとされています。金閣は三層の構造になっていて、二層と三層は、漆の上から純金の箔が張ってあります。
    
総門 
 
鏡湖池と逆さ金閣  鐘楼 
鏡湖池」と呼ばれる池に映っている金閣寺のことを「逆さ金閣」と呼び、丘の上から見る金閣寺を「見返り金閣」と言います。水面に映った金閣寺はとても美しく 輝いていました。
総門から入り、鏡湖池に着くと金色に輝く舎利殿金閣が目の前に広がります。1950年に全焼したあと、55年に復元され、86~87年にかけて、漆の塗り替えと約20キロの金箔を使った張り替えが大規模に行われ、金閣寺が復活しました。2002~03年にも一部の金箔を張り替えたり、屋根の葺替えが行われて、このように金色に光り輝く状態が保持されています。
 
方丈
 
鳳凰  一層の内部 
屋根は椹の薄い板を何枚も重ねた柿葺で、上には中国でめでたい鳥といわれる鳳凰が輝いています。屋根にそびえる鳳凰は想像上の生き物で中国神話の霊鳥であり、日本だけでなく東アジア全域の国の神話物語や説法にも登場します。金閣寺の鳳凰の大きさは107cmです。鳳凰は1950年の全焼の際には修復中ではずされていたため、焼失を免れました。
 
一層の宝冠釈迦如来像 
 
一層の足利義満坐像  
一層は寝殿造で法水院、二層は武家造で潮音堂とよばれています。三層は、中国風の禅宗仏殿造で究竟頂とよばれ、三つの様式を見事に調和させた室町時代の代表的な建物と言えます。一層には、足利義満坐像と宝冠釈迦如来像が安置されています。一層は池の反対側から望遠カメラで宝冠釈迦如来像と足利義満坐像を撮影することができました。 
    
金閣二層 
金閣三層 
二層は、岩屋観音像と四天王像が安置されています。三層は、天井と壁に金箔が押され、床は黒漆塗りで花頭窓を用いています。
 
 
庫裡   唐門
庫裡は禅宗特有の様式の建物で、1492~1504年の建物と見られています。
    
 榊雲 
 
金閣寺垣と虎渓橋  銀河泉 
両側にある低い竹垣は金閣寺垣と称され小竹垣の代表とされています。銀河泉は義満がお茶の水に使ったと伝えられていて、今も清冽な清水が湧き出しています。 
    
 巖下水
 
龍門の滝と鯉魚石  貴人榻 
龍門の滝は2.3メートルもの高さを一段落としにしたもので、龍門の滝を鯉が登りきると龍に化するといわれる中国の故事登竜門に因んだ鯉魚石が置かれています。いままさに跳ね上がらんとする龍の姿が、滝壷の所に斜めに傾いた動きのある石で表されています。巌下水は、義満公が手洗いに用いたといわれています。
    
 
安民澤 見返り金閣
小高い丘から見た金閣は「見返り金閣」と呼ばれていて、金閣寺の見納めの場所となります。途中、人だかりができていて、石仏の前にある御賽銭の器めがけて小銭を投げ入れてました。真ん中の器の中にお賽銭が入ると、弁財天さまが1つ願いを叶えてくれるということです。 
    
 
夕佳亭   
夕佳亭(セッカテイ)は数奇屋造りの茶席で、夕日に映える金閣が特に佳(ヨ)いということからこの名が付けられました。南天の床柱と萩の違い棚で有名な3帖の茶室です。
   
 
不動堂   

※内部の非公開の部分はパンフレットの写真を撮影して掲載しました。

(2022.4.2撮影)
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