三井寺

  三井寺は、正式名称は「園城寺」で、天台寺門宗の総本山です。境内に天智・天武・持統の三天皇の御産湯に用いられたとされる霊泉(井戸)があることから、「御井(みい)の寺」と称され、後に「三井寺」と通称されるようになりました。三井寺(園城寺)は、7世紀頃の近江の氏族である大友氏氏寺として創建されました。千二百年以上の歴史の中で、源平の争乱、南北朝の争乱等による焼き討ちなど幾多の法難に遭遇しましたが、智証大師への信仰に支えられた人々によって支えられ、苦難を乗り越えてきた様から、「不死鳥の寺」としても知られています。
 
三井の晩鐘  
 
大門(仁王門)   辯才天社
大門は三井寺の表門で、檜皮葺の二階建ての楼門です。もとは天台宗の常楽寺(湖南市石部町)にあったのを豊臣秀吉が伏見城に移し、その後、1601年に徳川家康が三井寺に寄進しました。全国でも有数の美しい楼門として知られています。
金堂 
金堂は三井寺の総本堂です。重厚さのなかに檜皮葺の屋根が軽快で美しい名建築として知られています。現在の金堂は、豊臣秀吉の正室北政所によって再建されたものです。
 
 
金堂への石段    
金堂には本尊として弥勒菩薩が祀られていますが、 絶対の秘仏となっているために見ることができません。現在、金堂内部には円空仏や尊星王像をはじめ多くの仏像が安置されています。  
 
 釈迦堂(食堂) 
 
釈迦堂(食堂)  釈迦如来 
釈迦堂は御所の清涼殿を移築したと伝えられていて、食堂(じきどう)として用いられました。現在は、清涼寺式釈迦如来像を本尊としてまつることから釈迦堂と呼ばれています。 
 
唐院灌頂堂 
 
三重塔  長日護摩堂 
三重塔は、もと奈良県吉野の比蘇寺の東塔で、徳川家康が三井寺に寄進したものです。軒深く三重の釣合もよく、相輪の水煙などに中世仏塔の風格をよく伝えています。唐院灌頂堂は、大師堂の拝殿として建立されたものです。
 
 
一切経蔵  四脚門(唐院の正門) 
切経蔵は仏典類を網羅した一切経(大蔵経)を収める書庫です。内部には一切経を納める回転式の巨大な八角輪蔵が備えられています。 
三井寺の境内には1,000本を超える桜の木があり、滋賀県は元より関西屈指の桜の名所として知られます。 
 
 微妙寺
 
   文化財収蔵庫
微妙寺は三井寺五別所のひとつです。別所とは平安期以降広く衆生を救済するため本境内の周辺に設けられた別院です。
唐院前参道 
 
 
毘沙門堂   
毘沙門堂は、もともと園城寺五別所のひとつ尾蔵寺の南勝坊境内に1616年に建立され、移築されました。内部には文様などが彩色で描かれていて、桃山建築の系譜を受け継いでいます。
 
 
観音堂  百体堂 
観音堂は西国観音霊場の第14番札所です。本尊は如意輪観音像で、33年に一度に開帳される秘仏です。合わせて百体の観音像を安置することから百体堂と呼ばれています。
札所伽藍 
札所伽藍には観音堂や観月舞台などが並んでいます。眼下に琵琶湖の景観が広がり、琵琶湖疏水と大津の町並みを望むことができます。
 
観月舞台   
観月舞台は、長等山の斜面にそって足代柱を立てて櫓に組み上げた懸造(舞台造)で、檜皮葺屋根が柔らかい曲線を描く優美な建築です。
   
 
  観月舞台 
観月舞台は江戸時代から琵琶湖を展望できる景勝地です。観月の名所として有名で、多くの文人墨客が訪れています。舞台にアクリル板を敷き詰め、桜の季節には桜のリフレクションを撮影できるようにしたため大人気のスポットになっています。  
 
 
護法善神堂   
護法善神堂は、子供の守護神・鬼子母神をまつり、毎年5月に行われる祭礼「千団子祭り」で親しまれています。 

(2023.4.3撮影)
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