鶴岡八幡宮2026
頼朝は平安京の内裏にあたる位置に八幡宮をおき自分の屋敷や幕府を八幡宮の東側の離れたところに造ってお宮に仕える真心を表しました。鶴岡八幡宮は鎌倉武士の精神的団結の拠点であり幕府の重要な政策はそこで神意を問う形で実施されました。頼朝が八幡大神を信仰したので諸国の武士たちもこれを手本にし国中に数多くの八幡大神を祀る神社が建てられました。 鶴岡八幡宮は鎌倉幕府の守護神であると同時に宗教政策の要とし幕府の各種公式行事が執り行われるなど最も重要な位置にあった神社です。
| 鶴岡八幡宮の大石段を上がったところにあるのが本宮(上宮)です。鶴岡八幡宮は、本宮(上宮)若宮の上下両宮となっています。 |
| 本宮は大石段の上にある上宮と、大石段向かって右手にある若宮(下宮)の上下両宮という形で1191年に整えられました。現在の本宮は1828年に江戸幕府11代将軍徳川家斉の命により再建されたもので、屋根に曲線を与えた流造と、本殿と拝殿を一体化した権現造、その両方の特徴を兼ね備えた、流権現造の代表的な江戸建築です。 |
| 舞殿(下拝殿) |
| 舞殿は静御前が義経を慕い、心をこめて舞った若宮廻廊跡に建ち、下拝殿とも言います。神社での祭りや行事のほか、年間を通じ多くの結婚式が執り行われます。 |
| 本宮に上がる大石段の手前の建物が舞殿(下拝殿)です。 |
| 正月なので多くの人がおみくじを買うために並んでいました。 |
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| 本宮(上宮) | |
| 武神に守られた朱塗りの楼門を入ると回廊に囲まれた本宮(上宮)に、応神天皇・比売大神・神功皇后の三柱が祀られています。社殿は反りのある向拝(庇)が伸び、拝殿と本殿の二棟の中間をつなぐ幣殿のある流権現造の形式です。 |
| 丸山稲荷社 | |
| 本殿の西側にある小高い丘の上に鎮座する小さなお稲荷さんは、鶴岡八幡宮の造営以前にこの地にあった土地の神で、八幡宮造営にともない、この地に遷されたものです。つまり、鶴岡八幡宮よりも古く、社殿は小さいながらも一間社流造(切妻、平入り)で、古い室町時代の形式を伝えているといわれています。小さいながら境内で最も古い建物なので、国の重要文化財に指定されています。 |
| 正月であるため多くの参拝客が訪れ、参道には露店が建ち並んでいました。 |
| 源平池 |
| 境内に入り右手に源氏池、左手に平家池があります。あわせて源平池です。 |
| 旗上弁財天 |
| 源氏池の中に祀られている旗上弁財天は、頼朝が旗挙げのときに弁財天に戦勝を祈願し、ご利益があったのでこの地に祀ったといわれています。 |
| 旗上弁財天 |
| 旗上弁財天は源氏池の中の島に鎮座しています。頼朝の旗上げにちなみ、源氏の二引きの旗に願をかける人もいます。 |
| 政子石 |
| 弁財天社の裏手にある政子石は、源頼朝が妻の政子の安産を祈願したとされる石です。夫婦円満の祈願石で姫石とも呼ばれ、子宝や安産のご利益もあるとされています。 |
| 鎌倉の中心地に位置する小町通りはJR鎌倉駅から鶴岡八幡宮まで続く商店街です。約600mの通りに老舗の食事処から最先端のカフェまで多くの飲食店やお土産屋さんが軒を連ねます。国内外から多くの観光客が訪れ活気あふれる鎌倉の商店街です。 |
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| 二ノ鳥居から八幡宮へ向かう道は若宮大路の真ん中が少し高くなっており、段葛(だんかづら)という道を通って、そのまま三ノ鳥居まで歩くことができます。段葛は源頼朝の正室であった北条政子の安産を祈願して造られた参道で、春には桜やつつじの花のトンネルとなります。 |