築地

  築地の名前の由来は、江戸時代にこの地域が埋め立てられたことに始まります。1657年の明暦の大火後、浅草御門南の西本願寺(現在の築地本願寺)の代替地として築地が開発されました。その後、多くの商人や職人が集まり、築地は江戸・東京の経済と文化の中心地の一つとして発展していきました。現在の築地は、グルメスポットとしてだけでなく、文化的な名所も多く含んでいます。

<築地場外市場>

築地場外市場は400を超える食料品店や飲食店が集まる専門店街です。2018年10月に中央卸売市場が築地から豊洲に移されたあとも活気にあふれ、仕入れを行う業者や日々の買い物に利用する一般客、名物グルメを楽しむ観光客などでいつも賑わっています。 
築地場外市場では、毎朝早くから、全国各地から集まった新鮮な魚や貝類が並び、プロの料理人たちが仕入れに訪れる一方で、観光客も新鮮な寿司やボリュームたっぷりの海鮮丼、市場限定の珍味をリーズナブルな価格で楽しむことができます。店員の威勢のよい声が飛び交う市場独特の熱気は、日本文化への理解を深める特別な場所となっています。 
 
 
以前来たときと風景が一変しているのに驚きました。外国人が圧倒的に多く、マグロやカニなどの水産物を美味しそうに頬張っていました。
場内市場は近隣の豊洲に移転しましたが、場外市場はこれまでどおり営業しているため、大勢に観光客で賑わっていました。東京からのアクセスもよいため、外国からの観光客にも人気です。迷路のような路地に外国人があふれていました。 
 
  築地魚河岸 
築地魚河岸は、築地市場の移転後も築地の活気と賑わいを継承するため、中央区が設置した生鮮市場です。小売店やレストラン約60軒が入っており、食のプロから一般客、観光客まで多くの人が訪れます。
築地場外市場は、中央卸売市場移転後も鮮魚をはじめとした生鮮食品はもちろん、調理道具、包丁など食の専門店約400店以上が軒を連ねています。いつもたくさんの買い物客で賑わい、町中に活気があります。
 
 
  「すしざんまい」で食べました。 

築地市場は、長い歴史を持つ日本の食文化の中心地です。特に寿司と刺身に関しては、その新鮮さと品質の高さで世界中の人々を魅了しています。毎朝、豊洲市場や日本全国から最高級の魚介類が集まります。そのため、築地で提供される寿司や刺身には、その日の朝に水揚げされたばかりの新鮮なネタが使用されています。築地には多くの熟練した寿司職人が集まっています。一貫一貫丁寧に握り、素材そのもののおいしさを最大限に引き出す技術を持っています。



<波除神社>
波除神社は江戸時代1659年江戸湾の埋立工事中に度重なる荒波により工事が難航していた際、海上に漂着した稲荷大神の御神体を祀ったことに始まります。その後、波風が鎮まり、工事が無事完了したことから「波除稲荷」と呼ばれ、災難除け・航海安全・商売繁盛の神として信仰されてきました。巨大な獅子頭が名物です。築地を訪れる多くの参拝客が訪れます。。同神社のお祭りは、江戸時代から「獅子祭」として有名で、現在も3年に一度のつきじ獅子祭の本祭では、宮神輿とともに2つの大獅子のうちいずれかが担がれて築地地区を巡行します。
 
厄除け天井大獅子 (雄) 
 
波除神社  弁財天お歯黒獅子 (雌) 


<勝鬨橋(かちどきばし>
隅田川最下流に位置する勝鬨橋(かちどきばし)は、昭和15年に東京市で開催予定で幻となった「紀元2600年記念日本万国博覧会」のメインゲートとして計画され、昭和15年、中央が可動式のアーチ橋として完成しました。全長246mの跳開橋です。かつては橋の中央部が2つに分かれて跳ね上がり、大型船の通航も可能にしていました。設置当初は1日に5回開けていましたが、晴海通りの交通量の増大と、東京湾機能の移行で、昭和45年11月29日を最後に、開閉されることはなくなりました。
<歌舞伎座>
歌舞伎座は、1889(明治22)年、木挽町の地に誕生して以来、歌舞伎の殿堂として明治、大正、昭和、平成にわたって、古典演劇としての洗練を極めると共にその時代 の息吹を取り入れた舞台を上演し続けきました。第二次大戦時の空襲により焼失。昭和25年(1950)に三度目の再建がなされ、平成14年(2002)には登録有形文化財となりました。平成22年(2010)老朽化のため解体、平成25年(2013)2月に現在の建物が完成しました。
開演前の歌舞伎座 
日本全国で歌舞伎が上演されていますが、歌舞伎座は年間を通して歌舞伎が上演される唯一の場所です。 
 
歌舞伎座内部 
 
歌舞伎座正面  幕間の食事 
今回は初春大歌舞伎の夜の部を鑑賞しました。歌舞伎十八番の一つ『暫』を女方で描く『女暫』から、古風な味わいの舞踊劇『鬼次拍子舞(おにじひょうしまい)』、近松門左衛門の世話物の名作『女殺油地獄』の3つを鑑賞しました。幕間のときに、3階の「花籠」で食事をしました。
夜の歌舞伎座 

(2026.1.8撮影)

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