皇居宮殿参観

  皇居は、江戸時代に徳川歴代将軍が居城としていた所で、かつては「江戸城」と呼ばれていました。明治になり明治天皇の御所として整備が行われ、現在、皇居は、天皇の住居であり、公的行事の行われる宮殿であり、宮内庁庁舎も所在します。
皇居一般参観に参加しました。
<皇居一般参観の経路>
桔梗門(入門)-窓明館(休所)-富士見櫓下-宮内庁庁舎前-宮殿東庭-正門鉄橋(渡ってから折り返し)-宮殿東庭-山下通り-宮内庁庁舎前-桔梗門(出門) 
宮殿 
宮殿は昭和43年(1968年)に完成した鉄骨鉄筋コンクリート造りの建物です。儀式・行事が行われる正殿・豊明殿・長和殿及び天皇陛下が公務をとる表御座所等から構成されています。宮殿前の広場が宮殿東庭で、新年及び天皇誕生日の一般参賀は、この広場で行われます。この広場には、1度に2万人が入ることができます。
長和殿 
一般参賀で天皇皇后両陛下が見られるのは、廊下の中央あたりです。テレビで観ると、とても高い場所から手を振られているように見えますが、実際の位置は2階です。思ったよりも身近な場所から手を振られているのです。
宮殿は、皇居の中でも、最も格式ある建物として知られていて、天皇皇后両陛下の住まいではなく国賓を迎えたり、公式行事や国の儀式が行われる公の場として使われています。手前側に見える長い棟は長和殿で、全長は約160mあります。宮殿自体はこの奥にもあり、中庭を挟むようにカタカナの「ロ」の字に造られ、長和殿から一番奥にある表御座所までは、約150mあります。
 
長和殿の奥の棟の屋根には、鳥の姿があります。中国の伝説の鳥「瑞鳥(ずいちょう)」で、反対側の屋根と対になっています。瑞鳥はめでたいことが起きる前兆を表す縁起の良い鳥と言われています。
宮殿南庭 
宮殿の南側には「宮殿南庭」があります。小川が流れる和風の庭園で、宮殿東庭から見える大きな2つの丸い刈込みは「南庭の大刈込み」と呼ばれています。。 
桔梗門(内桜田門) 
桔梗門(内桜田門)は江戸城本丸南口の通用門で、本丸へ向かう際には、大手門と並ぶ登下城の門でした。内桜田門とは、外桜田門(現在の桜田門)に対しての呼称ですが、江戸時代から桔梗門(ききょうもん)という別称が用いられていました。門は1614年に造られたもので、桔梗濠沿いの石垣も1620年に造築されています。現在も手前の高麗門と右手の渡櫓門からなる枡形門が残っています。 
桔梗門(内桜田門) 
桔梗門は現在は皇居一般参観の集合場所に利用され、多くの観光客が皇居内部へと足を踏み入れる玄関口となっています。  
 
桔梗門(内桜田門)   
蛤濠に映る白壁の櫓と黒い瓦屋根、頑丈な石垣が織りなす外観は、美しさと重厚感を併せ持ち、格式の高い雰囲気が漂います。江戸時代の建築技術や美学を感じられるだけでなく、かつては諸大名が登城時に通った場所というのも特徴と言えます。
富士見櫓 
江戸時代の江戸城本丸の南隅に建てられた富士見櫓は高さ約16mの櫓で、櫓下の石垣の高さは約15mあります。1657年の大火で天守や富士見櫓は焼け落ちましたが、1659年に再建されました。天守は再建されなかったため、富士見櫓が天守の役割を果たしていました。江戸時代は、富士見櫓から富士山や品川の海、両国の花火などを眺めていました。今では周囲に高い建物が多くなり、富士山は見えなくなってしまいました。江戸時代の江戸城にはいくつもの櫓が建てられましたが、三重屋根の櫓で現存するのはこちらのみで、とても貴重な櫓です。 
宮内庁庁舎 
宮内庁庁舎は昭和10年(1935年)に建築された建物で、戦後昭和27年(1952年)10月から昭和44年(1969年)3月までの間、三階を仮宮殿として使用していました。 
 坂下門
坂下門は江戸城西丸造営直後に造られたと伝えられています。西丸大奥に近く、西丸の通用門として利用されていましたが、今は宮内庁の出入口として利用されています。1862年老中安藤対馬守がこの門外で水戸浪士に襲われた「坂下門外の変」は有名です。 
正門鉄橋(二重橋)から見た伏見櫓 
正門鉄橋の上から宮殿側を見ると、白い壁が印象的な「伏見櫓」が見られます。青い空と緑に映えるとても美しい櫓です。白壁と黒い屋根瓦のコントラストが美しく、絵になる絶景スポットとなっています。三代将軍家光の頃に京都の伏見城にあった櫓を解体して移設したという言い伝えがあります。
正門鉄橋 
二重橋の本来の名称は正門鉄橋です。江戸時代に架けられていた「二重橋」は、かつて「西の丸下乗橋」という名の木橋でした。当時は橋の架けられていた部分の濠が深かったため、橋桁を支えるため土台となる丸太の上に橋を重ねて設計されました。その様子が二重構造になっているように見えたことから「二重橋」と呼ばれ始めたといわれています。
正門石橋 
皇居正門前には2つの橋が架かっていて、広場から見て奥側にある鉄橋が「正門鉄橋」、手前の石橋が「正門石橋」です。正門石橋は、花岡岩が使用され、西洋建築が採用され設計されています。
 
巽櫓 馬車の稽古
巽櫓は本丸から見て東南(辰巳)の濠の角にあることから名づけられました。隅角に造られた現存する唯一の「隅櫓」で、「桜田二重櫓」ともいわれます。狭間や石落としが備わっており、実戦的な櫓としてつくられました。 

(2026.1.8撮影)

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