迎賓館赤坂離宮

  迎賓館赤坂離宮は、1899年に当時の皇太子(後の大正天皇)のための東宮御所として建築が計画され、約10年の歳月をかけて1909年に完成しました。第二次世界大戦後は国に移管され、国立国会図書館や裁判官弾劾裁判所として利用されましたが、日本と国際社会の関係が活発になる中で国賓を迎える迎賓館として運用されることが決まりました。昭和49(1974)年から迎賓館として新たな歩みを始め、平成21(2009)年に行われた大規模改修工事の後、国宝に指定されました。
  敷地内の施設は一般公開されており、参観することができます。今回は本館(花鳥の間、彩鸞の間、朝日の間、羽衣の間、玄関ホールなど)と庭園(前庭及び主庭)を見学しました。 
主庭から見た迎賓館本館
本館を挟んで南側には「主庭」、北側には「前庭」の2つの庭園があり、どちらも人気のスポットです。四季折々の花々が咲く主庭から堂々とした本館を見ることができます。
主庭の噴水と迎賓館本館
主庭は本館の南側にあり、国宝に指定されている噴水があります。噴水の周りには松が植えられ、西洋風の噴水と和風の松が織りなす景観となっています。  噴水塔を囲む縁石には、上半身が鷲で下半身がライオンで翼を持つ、ギリシャ神話に登場する伝説の生物「グリフォン」が翼を広げています。
 正門
正門は柔らかく落ち着いたデザインで、迎賓館の入り口としてふさわしい風格で、人々を迎え入れてくれます。
迎賓館本館正面 
迎賓館赤坂離宮は1909年に建てられたヨーロッパのネオ・バロック様式の宮殿で、ベルサイユ宮殿としばしば比較されます。設計者は、英国人建築家ジョサイア・コンドルに師事した片山東熊です。彼は都内の多くの公共建築物を設計し、明治時代の西洋化のシンボルとして話題になりました。
前庭と迎賓館本館 
前庭は本館の北側に位置し、正面から建物全体を眺めることができる絶好のビューポイントです。ここからは、ネオ・バロック様式の威風堂々とした本館の姿を一望することができます。

<本館内部>
本館はフランスのヴェルサイユ宮殿を彷彿とさせる正面玄関や中央階段など、見どころが多数あります。賓客のサロン(客間・応接室)として使われ最も格式の高い部屋である「朝日の間」、鳳凰の一種で「鸞(ラン)」と呼ばれる架空の鳥のレリーフがある「彩鸞(サイラン)の間」、謡曲「羽衣」の景趣を描いた大絵画が天井に見られる「羽衣の間」などを見学しました。日本の建築・美術・工芸界の総力を結集した部屋の数々で世界各国の要人を迎えるのにふさわしい豪華な部屋で感動的でしたが、撮影禁止のため写真を撮ることができず残念でした。かわりにパンフレットの写真を撮影しました。
 
正面玄関  朝日の間
海外からの賓客を最初に迎える玄関ホールには目にも鮮やかな真紅の絨毯が敷かれています。中央階段から2階の大ホールへ続きます。朝日の間は迎賓館で最も格式の高い部屋です。首脳会談等に使われるほか、賓客が天皇皇后両陛下とお別れの挨拶をするのもこちらの部屋です。ルイ16世様式による室内には、ノルウェー産大理石によるイオニア式の柱が並び立ち、頭上には朝日を背にした暁の女神の天井画が配されています。
  
 
彩鸞の間  花鳥の間 
彩鸞の間は、19世紀前半のフランスで多用されたアンピール様式で構成されています。部屋全体に張り巡らされた金箔張りのレリーフが見どころです。鳳凰の一種である霊鳥「鸞(らん)」の装飾も特徴のひとつです。花鳥の間には大きなシャンデリアあります。かつてこの部屋は「饗宴の間」と呼ばれ、現在は国賓などをお招きした際の公式晩餐会会場などに使われています。フランス発祥のアンリ2世様式で構成されたこの室内には、天井や壁の各所に数々の花鳥画が見られます。


<帝国ホテル>
帝国ホテルは1890年(明治23年)に明治政府の要人であった井上馨や渋沢栄一らが中心となり、「海外からの賓客を迎えるための迎賓館を」という国家的な要請のもと、日本のホテル文化の礎として誕生しました。当時の日本は、鹿鳴館に象徴されるように、欧米諸国との交流を深め、国際社会への仲間入りを目指していた時代です。帝国ホテルは、まさに日本の近代化を象徴するプロジェクトであり、開業当初から日本の「顔」としての役割を担ってきました。
 
正面玄関   
玄関ホールには、季節に応じた花が美しく飾られています。訪れた時は、約1,000輪の赤バラのプリザーブドフラワーを使用したドーム型装飾でした。 
ホテルの部屋から見た夜景
ホテルから皇居が見えます。 
帝国ホテル正面には緑豊かな日比谷公園や皇居外苑が広がり、ショッピングや観劇などが楽しめる銀座や丸の内のビジネス街にも隣接しています。 
 
 
ホテルの部屋から見た朝の景色 ルームサービスの朝食
今回は、朝食はルームサービスを頼みました。のんびりと窓の景色を眺めながら朝食を楽しみました。
 
帝国ホテルは日本の食文化にも大きな影響を与えました。今では当たり前となった「バイキング」という食のスタイルは、1958年に帝国ホテルが北欧の「スモーガスボード」をヒントに、「好きなものを好きなだけ食べる」というコンセプトで始めたのが日本で最初です。この革新的な試みは瞬く間に人気を博し、日本中のホテルやレストランに広がっていきました。 

(2026.1.8撮影)

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