總持寺祖院

  總持寺祖院は、曹洞宗の大本山として瑩山禅師により、1321年に創建されました。1898(明治31)年の大火で境内は焼失し、本山は1910(明治43)年、神奈川県横浜市鶴見に移り祖院となりました。その後の再建で山門、仏殿などがよみがえり、消失を免れた建物とともに、根本道場の威厳を伝え、今も総ケヤキ造りの風格ある山門や仏殿、法堂などが残っています。 
 白字橋と山門
總持寺は、道元が開いた永平寺と並ぶ日本曹洞宗の二大中心寺の一つとして、全国に末寺1万6千余を数えるまでに繁栄しました。しかし、残念なことに、1898年(明治31年)の大火により、七堂伽藍の大部分を焼失してしまい、横浜市鶴見に移転しました。それ以降こちらは「總持寺祖院」と改称され、別院扱いとなりましたが、今も一大聖地として多くの参詣者を集めています。 
    
 
経蔵   
経蔵は、加賀前田家より寄進されたものといわれ、お経等が収められています。明治の大火による焼失をまぬがれているので、当時からある貴重な歴史的建造物と言えます。 
   
 
   仏殿 
    
 
大祖堂(法堂) 山門から仏殿へ  
   
仏殿から大祖堂へ 
 
大祖堂から放光堂へ  大祖堂(法堂)内部 
左が大祖堂(法堂)、右が仏殿 
 
 
  香積台 
    
鐘鼓楼 
 
山門  僧堂 
   
 
慈雲閣  伝燈院 
伝燈院は、開祖瑩山禅師の御霊を祀っています。1693年に再建されたもので、二度の災禍にも一部は焼失しましたがほとんど原形を留めている貴重な建物です。伝燈院の左奥に慈雲閣があります。総持寺開基以前から伝わる観音堂で、行基菩薩の建立と伝えられる總持寺最古の建造物で、僧形観世音菩薩が秘仏として安置されています。
 
 
放光堂(納骨堂)   
法堂の左手に長い廊下を進むと、放光堂(納骨堂)があります。江戸時代に山形鶴岡の総穏寺本堂として建てられたものです。天井に絵がたくさん飾られていました。
    
白山殿 
 
  三松関 
白山殿には、白山妙理大権現が祀られています。白山殿の前には、アンブレラスカイということでカラフルな傘が飾られていました。 

(2022.5.24撮影)
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