湖南三山善水寺

 善水寺は、常楽寺、長寿寺とともに紅葉の見事さでも知られる湖南三山の一寺です。奈良時代の和銅年間(708年〜715年)、元明天皇が国家鎮護の道場、和銅寺として建立したのが始まりです。桓武天皇が病気になり、最澄が法力によって霊水を献上したところたちどころに回復したことから善水寺という寺名に改められました。 
本堂は入母屋造りの桧皮葺、軒反りが優美な 曲線を描く美しい建物です。 
    
 
善水寺入口  元三大師堂 
善水寺は琵琶湖の南に位置し、山号でもある岩根山の中腹にいだかれるように佇んでいます。千二百年余の歴史ある寺です。
本堂の建つ地が中尾、清涼山を東尾、岩根山を西尾と称して塔頭26坊を数え(岩根山は善覚院、中之坊、角之坊、岩蔵坊、持蓮坊、宝泉坊、角心坊、善明坊、浄心坊、大門坊、宝乗坊、実蔵坊の12坊)、繁栄しました。1571年、織田信長軍の焼き討ちで、現存する本堂以外の多くの堂宇を失いました。
    
 
現存する本堂は、南北朝時代の1366年頃の建立で、国宝です。織田信長の兵火による焼失を唯一逃れた堂宇で、本尊(秘仏)のほか、三十余躯の仏像を安置しています。本堂外陣にある二体の仁王像は力強く足を広げる姿は圧巻の迫力です。本堂内陣には、梵天・帝釈天・四天王・十二神将が祀られています。これらがすべて一同に介する寺院は全国でも希少です。裏堂にも貴重な 仏像が並んでいます。
大きな池が中央に配された、池泉回遊式の見事な日本庭園も眺める事が出来ます。独特の石組みや樹木の配置が古来の「侘び寂び」を表現しているようです。 
    
 
    
 
  観音堂 
山内には一時二十六の坊舎があったといわれています。坊舎とは僧侶の住居のことで、一坊には数名の者が生活をし、二十六坊があった往時、全山では数十名からあるいは百名を超えるほどの僧侶が在住したと思われます。 

(2022.11.24撮影)

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