旧内田家

尾州廻船内海船船主内田家は、内海船を代表する有力船主であった内田家によって造られた明治初期の建造物です。多くの廻船を所有していた「内田佐七家」の家屋と、その船頭として活躍し、佐七家の娘婿となった人物を初代とする分家の「内田佐平二家」の家屋から成っています。 
    
 
江戸時代、物流の主役は船でした。尾張の国の人が所有する荷物運搬用の大型船を尾州廻船といい、このうち内海やその周辺を拠点としたものを内海船と呼びました。全盛期には100艘もの船を抱えた巨大集団で、瀬戸内海から江戸にかけて広く活躍しました。
    
 
内田佐七住宅の主屋   
内田佐七家は、内海船を代表する有力船主であった2代目内田佐七によって造られました。太平洋側に現存する廻船船主の家屋の中でも大規模なものです。内海船は、積荷の運賃を利益とした船とは異なり、生産地で買い取った商品を運んだ先で売却するという「買い積み方式」を取っていました。商人や資本家からもまったく独立していたため、大きな利益を上げていました。
    
 
神棚とは別に「神屋」ありました。
金毘羅宮・多賀大社・伊勢神宮・熱田神宮・秋葉大社がお祭りしてあります。 
梁が幾重にも組んであります。 
    
上の間 
 
母屋から北へ続く廊下です。  
    
 
主庭です。主庭は張り出した露台を中心に構成されています。  4代目内田佐七 
    
 
台所です。 サンドスキーのスキー板 
    
戌亥蔵と隠居屋 
 
隠居屋です。   船の模型
    
 
内田佐平二家   
内田佐平二家は、内田佐七家の船頭として活躍し、娘婿となった人物を初代とする分家です。
    
 
かまどの煙を抜くため屋根に煙出しがあります。   
(2021.1.9撮影)
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