聚楽園
聚楽園(しゅうらくえん)とは、実業家の山田才吉が営んでいた聚楽園旅館を中心とした敷地の名称です。そこに端を発して日本最大級の大きさを誇る高さ18.79mの大仏が構える聚楽園公園が整備されました。この公園と保健福祉センター・健康ふれあい交流館を含めて「しあわせ村」と呼ばれています。
| 聚楽園大仏 |
| 聚楽園大仏は、1927(昭和2)年に昭和天皇のご成婚を祝い、愛知県知多郡上野村(現在の東海市)にあった料理旅館・聚楽園の敷地内に造られました。造立者は同園を経営していた実業家の山田才吉。高さ18.79メートルの鉄筋コンクリート製の阿弥陀如来像です。 |
| 聚楽園大仏は奈良の大仏(14.98m)、鎌倉の大仏(12.38m)より大きく18.79mあります。 |
| 聚楽園は、実業家の山田才吉が伊勢神宮外宮前にあった大旅館・宇仁館の建物を移築して1916年(大正5年)に開園しました。名前は才吉が敬愛していた豊臣秀吉が京都に建てた聚楽第から取り才吉が名付けました。才吉は当時、守口漬や缶詰、舶来食品などを扱う喜多福や巨大料亭・東陽館、名古屋瓦斯(後の東邦ガス)など多方面で事業を営んでいました。 |
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| 訪れた日には、聚楽園公園もみじまつりが開催されていて、しあわせ村モニュメント広場で、とうかいグルメフェスが行われ、キッチンカーなどで様々なグルメが販売されていました。 |
| 公園中央にヤカン池があります。水面に噴水が上がっていて、池を囲む紅葉、緑とあわせてとても爽やかな景色です。池を見ながら散策を楽しむことができます。 |
| 聚楽園公園は11月下旬から12月上旬には7種類550本のもみじが園内を彩ります。各種の写真撮影も行われていました。 |
| 聚楽園大仏の建造に費やされた額は15万円(現在の価値で2億4000万円)といわれています。当時の最新技術だった鉄筋コンクリート工法で造られており、日本の初期鉄筋コンクリート建築としても貴重な遺産となっています。才吉がこの工法を大仏に採用したのは、かつて火事や高潮により自身が建てた巨大建築に大きな損害を受けた経験があり、「火災にも水害にも負けない像にしたい」という願いがあったからです。 |
| 1927年(昭和2年)建立された聚楽園大仏は、日本最初の鉄筋コンクリート製大仏として作られました。完成時は日本最大の仏像でした。仏の前に立つ一対の仁王像や大灯籠、常香炉も当時からのものです。仁王像は鉄筋モルタル、大灯籠および常香炉、階段付近の手すりは人造石造です。 |
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| 嚶鳴庵 |
| 聚楽園旅館は1991年(平成3年)に取り壊されましたが、同じ場所に1996年(平成8年)に茶室「嚶鳴庵」を新築しました。 |