村木砦

  村木砦の戦いは、1554年に起きた織田信長と今川義元の戦いです。愛知県知多郡東浦町の村木砦跡は、今川氏が水野氏の緒川城を攻略するために築いた砦です。織田信長が実戦で初めて火縄銃を使った記録が残る場所であり、日本最古の火縄銃古戦場跡です。 
 
1550年頃は、尾張国で勢力を伸ばす織田氏と、駿河国・遠江国・三河国を支配下に置き、尾張国にまで勢力を広げようとする今川氏との間で、激しい戦いが繰り広げられていました。 鳴海城を得た今川義元は、大高城・沓掛城を獲得し、徐々に尾張国方面に進出していきます。そして、今川義元の次の攻略目標として、水野信元が治める緒川城が狙われました。今川氏は足がかりとし、村木砦を築きました。 1554年緒川城主・水野信元は、織田信長に対し、緒川城を守るために村木砦の攻略を依頼しました。信長は陸路で救援に行けず、嵐の海を渡って緒川城に到着し、村木神社に本陣を張りました。そして、織田信長軍は絶え間なく鉄砲の射撃をして攻め落としたと言われ、これが合戦における初めての鉄砲の使用だったとされています。
 
 
村木砦跡には八剣神社があります。この神社は水野信元の家臣が、ここでの戦死者を弔うため建てました。

<村木神社>

1554年の村木砦の戦いで織田信長は村木神社に本陣を置きました。
9月最後の日曜日にはおまんと祭りが行われます。おまんと祭りは、桶狭間の戦いで信長の戦勝祝いに馬を走らせたのが始まりと伝えられています。 

(2025.1.2撮影)

<緒川城址>

愛知県知多郡東浦町にある緒川城址は、戦国時代知多半島に武名を轟かせた水野氏の居城址です。徳川家康の生母・於大の方が生まれた所でもあります。
 

(2021.1.3撮影)

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