ポーランド

 ポーランドは、西ヨーロッパとロシアに挟まれた場所に位置し、16世紀後半以降、近隣諸国より侵略を受けてきた歴史があります。18世紀後半には、一度ポーランドという国自体が消滅したこともありましたが、20世紀初頭に再建。しかし、第二次世界大戦が勃発し、ナチス・ドイツにより占領され、街はナチスによってクラクフやザモシチなど一部の都市以外は破壊されてしまいました。しかし、市民の粘り強い努力により、中世の美しい街並みを取り戻した底力のある国です。 

【ワルシャワ】

ワルシャワは、13世紀末には、現在王宮のある辺りを中心として町が形成されました。1596年にはジグムント3世によって首都がクラクフからワルシャワに移され発展を遂げました。その後の時代も首都として、戦乱を乗り越えて政治・経済・文化・学問の中心地として栄えてきました。第二次世界大戦で、ワルシャワは完全に破壊されましたが、戦後、ポーランド国民は、ワルシャワの復興を望み、そして、「壁のひび1本まで忠実に」復元しようと立ち上がりました。戦火を逃れたワルシャワの街並みを描いた風景画を元に、街道や聖堂、宮殿を再建し、かつての美しい街並みを取り戻しました。 

【旧市街】
<王宮広場>

 
 
旧王宮  中央にジグムント3世の碑 
 
 
王宮広場  
 
 

<旧市街広場>

旧市街の中心です。人魚姫が中央に位置し,周囲にカフェや露店が並んでいます。 
    
 
第2次世界大戦で壊滅した街並みを忠実に再現して、美しい建物群です。 
   
中央に人魚姫の像   絵の販売もしています。

<バルバカン>

バルバカンは、16世紀中頃、旧市街を囲む市壁を強化するために建設されました。旧市街を囲む市壁に付随しているバルバカンは、バロック様式の砦で、馬蹄形をしています。馬蹄形の砦は大変珍しいものです。、 
    
 
   
 


<新市街>

    
 
新市街  キュリー夫人の生家であるキュリー夫人博物館 


<新世界通り~クラクフ郊外通り>

    
 
ポーランドアカデミー  十字架を背負ったキリスト像 
   
聖十字架教会  コペルニクスの像  
   
ヴィジトキ教会 新世界通り   
    
 
大統領官邸とポニャトフスキ像  大統領官邸前の政治演説
    
 
クラクフ郊外通り   アダム・ミツキエヴォッチ像
   
ワルシャワ大学  
    
 
聖アンナ教会   
【バスからの車窓】
<ワルシャワ市内>
   
    
 
スターリンからの贈り物である文化科学宮殿  
<ワルシャワ郊外>
    
 
コウノトリが巣にいました。  
   

<リトアニアとの国境からワルシャワへの途中>

   
   
   

(2018.6.23撮影)
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